コラム
弱者の戦略
2019年2月20日
今は、明るい時代だろうか、それとも暗い時代だろうか。ハンナアーレントの『暗い時代の人々』は、ファシズムが吹き荒れたヨーロッパの暗い時代のことである。それに比べれば今は、暗い時代ではないと思う。しかし、明るい時代だという気にもなれない。なぜか。電車に乗って、向かいの席もこっちの席も、みんなスマホの小さな画面をにらんで、ゲームかなにかしているのを見て、どうして明るい時代だという気になれるだろう。
『入社1年目の教科書』というのが評判がいいというので、どれどれと読んでみたら、なるほど書いてあることはいずれも正しい。納得がいく。
最初に3つの原則が出てくる。「頼まれたことは、必ずやりきる」、「50点で構わないから早く出せ」、「つまらない仕事はない」。そのとおり。
しかし、待てよである。ここに書かれているのは全て強者の成功戦略ではないか。世の中に強者は多くない。ほとんどが弱者である。強者は、早く出せと言われて、早々とその能力を試されても、たいして支障はない。50点といわれても、いずれ100点が取れるからである。しかし、弱者にとって、それは自滅への道である。能力を白日の下にさらされたら、命取りになりかねない。早く出すなど、狂気の沙汰だ。ぎりぎりまで引き延ばして、うやむやにしてしまわなければならない。自分の能力を見抜かれずに生き残っていくのが、弱者の成功戦略である。
こんなことを言っては、いけないかもしれないが、あの小室某さんが銀行に入社しながら早々に辞めたのは、弱者の戦略をとらずに、強者の戦略をとったからではないか。彼は、おそらく自らを強者と勘違いしてしまっている。強者の勘違いは誰にでも生じるが、成長の過程で、いずれ解ける。子の勘違いがなかなか解けないとき、それを解いてやるのが親の役割だが、彼ら母子はそれを解くどころか、ますます強めてしまったのだ。
能ある鷹は爪を隠すというが、能のない鷹はもっと爪を隠さなくてはならない。爪のないことを、人に悟られてはならないからだ。