コラム

駅への長い道

1998年6月20日

 

台風の日に短大の授業に行ったら、あるクラスは学生が一人しか来ていなかった。ところが次の週も一人だったので、どうしたのだろうと不安になって、ほかの教室をのぞきに行ったら、そっちも一人だった。ベテランの講師にきいてみると、この時期は学生が出てこないので、マンツーマンが多いんですよという。ガラーンとした構内は靴の音が響いてひどく寂しい。

学生に教えるというのは意外に楽しいことだと気がついた。授業が面白いといってくれたりするとこちらもウキウキしてくる。味も素っ気もないような英文会計でもそうなのだから、これが歴史や哲学だったらどんなにか楽しいだろうと想像するが、隣の芝生だろうか。ま、よほどの名著でも書かない限りそんな機会は永遠にないだろう。

あるとき、学生たちに質問してみた。「友達から会社をはじめるので、金を出してくれと言われた。君たちには、出資をして株主になるか、それとも会社に金を貸し付けるか二つの選択肢がある。さあ、君たちはどっちを選ぶ。どっちが得だと思う」。出資を選ぶと、会計上はエクイティー(資本)になり、貸す方を選ぶと会計上はライアビリティー(負債)になる。ライアビリティーなら返済してもらえるが、エクイティーは返せとはいえない。だから、どうしても返してもらわなければならない金ならライアビリティーだ。しかし、余裕のある金なら、エクイティーでいいかもしれない。エクイティーは株式公開で巨万の富を得る可能性もある。近々上場するNTTドコモの場合、どういうわけか小渕総理の関係者がエクイティー・インベスター(株主)になっていて、この上場でかなりの利益を得る。昼行燈のような総理だが、隅におけない。

授業が終わると外はもう暗くなっている。ひとりで黒板を消して、チョークの粉にまみれた手を洗う。講師控室でちょっと雑談をして、出席簿を事務室に返し、とぼとぼと駅への長い道を歩く。小津安二郎の映画にそんなのがあったかどうか知らないが、この世渡りのうまくなさそうな万年講師の役どころがけっこう気に入ってしまった。