コラム
海に生くる人々
2000年11月20日
子が親よりも先に死ぬのは悲しいことだと言って、ブラックマン氏は日本を去ったと何かに書いてあった。ルーシー・ブラックマン嬢の事件で、父親のブラックマン氏は何度か日本を訪れたが、結局、恨みがましいことの一言も彼の口から発せられることはなかった。その立ち居振舞い、言動は、とうてい我々の及ぶところではなく、英国紳士たるものは、かくやあらんと日本中に知らしめたのである。
彼に比肩すべき日本人は誰かいただろうかとチラッと考えてみたが、恨みがましいことを言わなかったという点で、西郷隆盛、伊藤律、瀬島隆三あたりしか思い浮かばなかった。
その点、宇和島のえひめ丸の人たちは、英国紳士と比べると庶民だから仕方がないか、と思ったが、考えてみたら、彼らは庶民といっても船乗りである。船乗りといえば、確か「板子一枚下は地獄」の世界ではなかったか。子を船乗りにしたときから、親はその覚悟ができていなければならないのではなかったか。しかし、彼らの言動からは、そういう覚悟は微塵もうかがえない。それどころか、報道陣に煽り立てられて妙なもの言いが伝わってくるばかりである。ワシントンポスト紙が、日本人いい加減にせいよというのも頷ける。どうやら、この国が失ったものは、思いのほか大きく深い。歴史を亡くしただけでなく、生き方の美学も亡くしてしまった。
ところで、日銀がまた金利を下げるらしい。といっても、小数点以下のたいした事のない世界である。いっそのことマイナスの金利にしてみたらどうだろうと提案したら、酒飲みの間ではえらく評判がよかった。ノーベル賞級のアイデアだと言って、どこかに投書した酔漢もいる。採用されたらどうしよう。政府与党は、土地の流動化を図るために不動産取得税などを軽減すると言っている。まだごまかしが効くと思っているようだが、政府の土地政策の失敗は、もう取り返しはつかない。政府がマスコミや学者の意見に振り回されてのことだが、歴史教科書には、昔の失政を云々するだけじゃなく、今の失政もしっかりと記録しておいてもらいたい。
それから、政界再編の話のたびに出てくる世代交代論、あれなんとかならんもんですかね。戦後日本の温室育ちに、船乗りだって難しいのに、ろくな政治家がいるわけないじゃないですか。その上、いまどきの若い政治家はたいがい2世のボンボンで、あるのは気色悪いぐらいの如才なさとパフォーマンスだけ。彼らが赤じゅうたんの上を跋扈し始めてから、悪いことつづきですよ。世襲は社会の基本だし、他の分野では当然のことだと思いますが、政治家だけは世襲は勘弁してもらえんですかね。ほんと。