コラム
磁力と重力の彼方に
2003年9月20日
磁気治療器というのを私は信用していない。自分で使ってみたことがないのと、使っている人を見ても、とても効果がありそうには見えないという理由からである。ワラにもすがる思いでいる人には申し訳ないが、首筋などに張ってあるのを見ると、ドラキュラの噛み跡のように見えて、むしろ精気を吸い取られているのではないかと思う方である。これがどういう起源を持つものか、もちろん知るよしもなかったが、起源が意外と古いだけでなく大変なものだということを最近知ることになった。
磁気治療のことが触れられていたのは、『磁力と重力の発見』という全3巻の本である。この本について、著者で物理学者の山本義隆は「正直言って、自分でも変わった本を書いたものだと思う。」とあとがきで述べている。
それによると、17世紀以前のヨーロッパに、「武器軟膏」と呼ばれる奇怪な塗り薬があったという。「武器軟膏」は、刀傷に対して傷口ではなく傷の原因となった刀の方に塗ることによって効果を発揮し、実際それによって傷が治ったという症例も報告されているとある。これがもしも、江戸時代の日本に早くに伝えられていたら、がまの油売りの口上も格段に面白くなっていたのではないかと惜しまれてならない、というほどのこともないが。
この武器軟膏による治療が「磁気治療」と称されて、それがパラケルススなる錬金術師とも、近代医学の父ともいわれる16世紀ヨーロッパの医師に由来するという。パラケルススは、それまでの医学を全否定して大学を追われ、各地を放浪しながら著作と医療に専念し、貧窮のうちにのたれ死んだのだが、元東大全共闘議長の山本義隆はパラケルススら錬金術師の魔術思想が近代科学の誕生に欠かせなかった役割を見事に論証してみせるのである。
そういえば、僕らを息苦しくしているさまざまな力が雲散霧消してしまう魔術を信じていた時代もあった。けれど、そんなことはありえず、目の前の現実を少しずつでも変えるか、気持ちを切り替えるか、人はそれぞれの運命に応じて、どちらかの道を歩いてきたか、歩いているかしている。どの道を行くのが正解なのか、誰かに聞きたくなるが、誰も答えてくれる者はいないし、答えを知る者もまたいない。ただ、正解であろうと不正解であろうと、人はみな自分の答えを出さなければならないことだけははっきりしている。そうこうしている瞬間にも、クイズタイムショックのように、制限時間は次々と過ぎ去り、即答しなければ試験官は一時も待ってはくれないのだ。