コラム

コレクター

2009年11月20日

 

最近ときどき寄るようになった酒場は、おそらく80歳近いと思われる女店主一人だけの店である。5人も座ればいっぱいになるカウンターの中からジロッと睨んで、たまに思い出したように、「あら、あんた誰だっけ」と来る。

店の中は漆黒の闇を封じ込めたように暗く、窓一つないので空気は重たくよどんでいる。トイレはいまどき珍しい簡易水洗である。上のタンクからぶら下がっている鎖を引くと、相当年季の入った和式の便器のぽっかりと空いた穴に水が流れる。

酒はサントリーの角瓶しか置いていない割に値段は高い。おまけに、店主が家で調理して、毎日ガラガラを引っ張って持って来るつまみも、実を言うとあんまりうまいとはいえない。そんな店になぜ寄るのかといえば、話が妙に盛り上がるからだ。

昨夜はコレクターの話で盛り上がった。世の中にはいろんなコレクターがいるだろうが、どんなコレクターが一番くだらないかという話になった。すると、一番かどうかわからないが、バカなコレクターというと私の知り合いでしょうね、と客の一人がいう。いやあ、一万円札を集めてるんですよ。いっぱい集めては銀行にもってって預けてるんです。そいつはくだらないというより、ふざけてるね。ふざけ過ぎですよ。コレクターの風上にも置けねえなあ。おまえじゃないのか。

次は僕の番ですね。僕の知り合いにはね、こんな奴がいましたよ。会社の登記簿を集めてるんです。北は稚内納沙布岬の突端の会社から、南は南西諸島波照間島の会社まで。そりゃあ、みごとなもんです。

みごとなもんですっ、たって、そりゃ法務局がやってるだろう、もっと完璧なコレクションをよ。だから、そいつがわざわざ集めることはないんだよ。くだらなすぎるな。よし、ざぶとん2枚。

それじゃあ、俺の友達の兄貴の同級生のいとこって奴の話をしてやるか。なんでも、そいつはね、前科を集めてるんだってさ。それで、もうほとんど集まっちゃって、次は死刑しかないって言ってるんだって。そりゃあもう死刑だな。そうだ、死刑、死刑。

そんな話を聞いていたら、高校の頃の数学のテストを大事にとってる奴がいたことを思い出した。卒業して何十年も経つのに、30点とか40点のひどい赤点が付いた答案を捨てずに持っていた。100点にするまでは死んでも死にきれないんだというような馬鹿なことを言っていたが、あいつどうしたかな。