コラム
ターバン野口を知ってますか
2010年7月20日
高田馬場に老姉妹が営む甘味喫茶がある。店は人通りの絶えない賑やかな通りに面しているが、表に出ている食品サンプルがホコリをかぶって黒ずんでいるためか、入る客は驚くほど少ない。私の好物の氷あずきのサンプルも、食べるなと言わんばかりの様子で出ていたので、これまで敬遠してきたが、今年の夏、通りを歩いていてなんの気なしにひょいと入ってみた。やはり店の中は現代とは違う時間が流れていた。レトロなデコラテーブルにビニール張りのパイプ椅子、壁に貼ってある筆書きのメニュー。そしてなによりも白い制服のような上っ張りをはおった姉妹。1970年代の時間がそのままストップしてしまっていた。
店の中は広く、いつもきれいに掃除が行き届いている様子なので、きっときれい好きなはずの姉妹がなぜ食品サンプルだけをホコリまみれにしておくのか不思議だという人もいる。確かに不思議だとは思いながら、私はそれ以来、氷あずきを食べに足しげく通うようになった。
氷あずきは500円玉一枚でお釣りがくるくらいの値段だが、私の財布の中には小さく折り畳んだ一枚の千円札がある。よく見るとただの千円札ではない。いや、千円札はただの千円札なのだが、畳み方が尋常ではない。野口英世が頭にターバンを巻いているように折り畳んであるのだ。「ターバン野口だよ」と言って、Hという知人が私にくれたものである。Hはターバン野口の他にも、ターバン樋口とかターバン諭吉とかいろいろ試みたらしいが、ターバン野口が一番しっくりくるという。私のターバン野口を見て、ときどき自分で折ってみようとする人もいるが、微妙にバランスがおかしかったり、ターバンの形がよくなかったりして、Hの作品にはやはりかなわない。
私の引き出しの中には、あと何枚かのターバン野口のほかに、忍者野口、股旅野口、ガンマン野口なども入っている。