コラム
止まり木の記憶
2024年8月20日
社会党の代議士から、再び新宿ゴールデン街のバー『ひしょう』のママに戻った長谷百合子の出版祝賀会だったと思うが、バーの常連だった作家の梁石日(ヤンソギル)が挨拶に立った。そしておもむろに口を開いたのだが、その挨拶は、それまでも、それからも、聞いたことがないくらい、下手で、あきれかえるぐらいたどたどしく、聞いているこちらがいたたまれない気持ちになってしまうほどだったのだが、僕はひそかに敬愛の念を強くした。彼の生きてきた道が見えるような気がしたからだ。
そのヤンソギルが亡くなっていたことを、『文藝春秋』九月号の訃報を見て知った。『文藝春秋』など、ふだんはめったに読まないのだが、睡眠についての特集が目についたので、このところナポレオンよりも眠っていないことが急に気になり、ページをめくっていたら目に入った。
ヤンソギルは、そのころ『ひしょう』の止まり木で、よく隣り合わせになって、顔なじみになっていた。映画『月はどっちに出ている』の原作は読んでいたが、『血と骨』の方はまだ読んでいなかったと思う。
あるとき、止まり木にいた酔客の間で人は死んだらどうなるのだろうという話になった。「そりゃ、お墓に入るんだろう」と誰かが言った。「だけどさ、そこに私はいませんって歌もあるじゃない」。「うーん、じゃあどこへ行くんだい」。そこで僕は言った。星になるんですよ。「ずいぶんロマンチックな話だなあ」。でもね、何億光年も遠くに行くんです。そこには、一人に一つずつ天体が用意されていて、気の遠くなるような孤独と静寂と永遠の覚醒が待っています。「永遠の覚醒って、なに、ずっと続くってこと?」。「なんだか、たいへんそう」。「そんなにたいへんじゃ、おいそれと死ぬわけにはいきませんね」とヤンソギルは言った。
長谷さんは、岩波映画にいた長谷先輩の奥さんで、お茶大全共闘の生き残りだった。だいぶ前に亡くなり、店は残っていたのだが、数年前に渋谷区の千坪の屋敷に住むF氏とふらっと立ち寄ってみると、すっかりさびれてもう昔の面影はなかった。F氏は、おそらく自分の屋敷の犬小屋にも劣るであろうその店のたたずまいが結構気に入ったとみえて、ニコニコしながら杯を傾けていた。