コラム

みんな乞食みたい

2005年7月20日

 

『フーテン』の漫画家永島慎二が亡くなったとなにかの記事で読んだ。それでふと、昔永島慎二の漫画を貸してくれたI君のことを思い出した。1960年代の終わり頃のことだ。僕らは受験勉強などろくにせず、芝居を作ったり、大学生たちの集会やデモに行ったりしていた。そういえば、I君の部屋でラジオドラマを作って、テープに吹き込んでコンクールに応募したこともあった。県の高校演劇コンクールでは、自分たちで脚本を書いた劇を上演したが賞をもらえず、僕は審査がおかしいとかみついた。審査員はだいたいサルトルを読んでいるのか、演劇というものをわかっているのか、と僕らは言い出した。会場は騒然となり、審査員が逃げていったことを覚えている。いまになって思い返すと結構楽しいことをしていたんだと思えるが、その頃はいろんなことに苦しんでいた。「大学解体」とか「自己否定」とか、全共闘運動のいい加減なスローガンもそれなりに受け止めてしまっていた。僕は大学に行かないと宣言して親と摩擦を起こしたりしていたが、直前になって怖じ気づき、一時避難のつもりで大学に行ってしまった。野村進の『アジア 新しい物語』という本に、同じような状況で宣言したとおり大学には行かず、街の印刷工となった会津泉さんという人が出てくる。僕と同じ歳で、「インターネットの伝導師」と呼ばれている人で、今はマレーシアで活躍しているという、その人のことを読みながら僕は溜め息が出た。医者の息子だったI君は一浪して地方の医学部に進んだが、しばらくして大学の建物から飛び降りて死んだという通知をもらった。僕に宛てた遺書もあるという話だったが、結局それは届かなかった。

ところで、いまの日本人のファッションは、「みんな乞食みたい」と誰かが言っていたが、なぜこんなにもみすぼらしいのだろうか。60年代のころのフーテン・スタイル、ヒッピー・スタイルはあくまで一部の人のファッションだったが、今の日本は全部がそうである。駅の雑踏から吐き出されてくる人を見ていると、老若男女を問わず、といっても特に若い人の方がみすぼらしいが、色でいえば、ほとんど黒か灰色か焦げ茶、たまに青や赤を見かけても鮮やかな色ではなく、たいていくすんだ色である。今年はそれに、ネクタイをしない失業者スタイルのおじさん組が加わり、街はみすぼらしさのオンパレードとなった。貧富の二極分化が進んでいるといわれるが、ひょっとしてこれは大衆の貧困化の兆しなのか。個人的な好みで言えば、みすぼらしいファッションはそんなにきらいではないのだが。