コラム

冬の夜はミステリー

2010年2月20日

 

半七捕り物帳を読んでいて、場面に知っているお寺などが出てくると、俄然イメージが鮮明になってくる。これは本を読んでいて、実際に面識のあった人が出てくると活字が立ちあがってくるような感じを受けるのと似ている。岡本綺堂の『半七捕り物帳』にはそういう面白さが潜んでいる。このところ、ミステリー小説から遠ざかっていたのに、今年の冬は半七捕り物帳を再読したのがきっかけとなって、すっかりミステリー漬けになってしまった。

則天武后といえば中国の三大悪女の一人に挙げられ、残酷な処刑を行ったことで知られている女帝だが、この則天武后に重用された人に狄仁傑という宰相がいる。則天武后は自分の気に入らない人間は、重臣であれ親族であれ誰彼なく粛清し、その数は一万人以上にのぼったとされている。世界史上最も残酷な人物に挙げられることもあるぐらいだが、不思議に狄仁傑の言うことだけはよく聞いたという。

この歴史上の人物が名判事として次々に難事件を解決していく推理小説のシリーズがある。『沙蘭の迷路』、『紫雲の怪』、『江南の鐘』、『東方の黄金』などの作品からなるハヤカワ・ミステリの狄判事シリーズであるが、これを書いているのが、ロバート・ファン・ヒューリックというオランダ人の外交官である。中国の探偵小説『狄公案』がもとになっているといっても、中国の古い時代を舞台にした小説を、なんといってもオランダ人が描いているところが凄い。それも、とっつきやすいミステリー仕立てときたら、誰しも読まないわけにいかなくなるのだ。シリーズの最初の作品『沙蘭の迷路』を開くと、序文を松本清張が寄せ、解説を江戸川乱歩が書いているのも凄い。

狄判事の活躍の舞台は7世紀である。日本では聖徳太子が没してから数十年が経っている。中国は唐の天下統一から半世紀が過ぎ、倭・韓の連合軍を白村江の戦いで打ち破って全盛期を迎えようとしていた頃だ。その頃の中国は、まちがいなく世界の中心であった。いや待てよ、それ以後も中国が世界の中心でなかった時代などないかもしれない。あれだけの様々な種族の人間がひしめいていて、それで世界の中心でなかったわけがないのだ。