コラム
悩みごとの神様
2015 年5月20日
もう15年ほど前になるが、“金儲けの神様”といわれた作家の邱永漢先生と同じ会で講演をする機会があった。小説も金儲けのノウハウ本も一度も読んだことはなかったが、子供のころは本屋に行くと、カッパブックスのどういうタイトルだったか、先生のその手のシリーズ本をよく見かけたものだった。それで、昼食を一緒にとり、雑談をしていると「あなたは悩みごとがありますか」と聞かれた。自慢じゃないが、悩みごとでは人に引けをとらない人生である。自信を持って「はい」と答えると、「悩みごとはね、多ければ多いほどいいんですよ」という。「それもね、大きければ大きいほどいい」。「えっ、どうしてですか」と聞くと、「人は、悩みごとがなくなると、どうでもいいことで悩むようになるんです。」「大きい悩みごとがなくなると、人は小さな、つまらないことでくよくよ悩むようになるんです」。
なるほど、確かにそのとおりである。話しているうちに、先生はだんだんトーンが高くなり、「僕なんか、悩みごとばかりで夜もおちおち眠れません」といい出した。「どんな悩みごとですか」と聞くと、「何十億もね、あちこちに投資してると、あれをいつ引き上げようか、これにいくら投資しようか、悩みが尽きることがないんです」。それから、スイッチが入ったみたいに、投資先として中国がいかに有望であるか、先生は滔々と話し始め、とどまるところを知らなかった。
ところが、午後からの講演では、あれだけ意気軒昂だった先生が嘘のように元気がなくなり、終始気乗りのしない話で終わってしまった。きっと昼食の雑談でエネルギーを使い果たしてしまったのだろう。先生もだが、聴衆も気の毒な気がした。
邱永漢氏のことを思い出したのは、最近の新聞に「邱永漢氏遺族、20数億円の申告漏れ」の記事が載っていたからである。記事には、邱永漢氏は2012年に88歳で亡くなったが、建設機械メーカーの日立建機が中国に設立した関連会社の株を保有する香港法人の株式についての相続税と所得税の申告漏れがあったと書いてあった。