コラム

ブルームーン

2024年2月20日

 

人の感情や本能には、通常は脳による抑制がかかっているのだそうだ。ところが、酒を飲むと、そこに含まれているエチルアルコールがその抑制の抑制をするので、脱抑制が生じ、感情や本能の抑制が効かなくなる。このアルコールの抑制作用がまだ脳の表面だけにとどまっている間は「ほろ酔い」だが、脳の奥へ奥へと浸透していくと「酩酊」や「泥酔」となる。

 

そのほろ酔いで、夜空を見上げたら、月が青く見えた。それで、ふと思い立って友人のKに電話をかけてみた。「月が青いね」。そうだね。ブルームーンだね。どうやら、向こうもほろ酔いで同じ月を見ているらしい。

 

ところで、「芸能界やスポーツ界が世界的に肥大化しているのはなぜだと思う」。「特に、日本でお笑い芸人があふれかえっているのはなぜだろう」。

 

それはね、お釈迦様の言う生(しょう)の苦しみに現代人が向き合わないで、目を背けているからなんだよ、とKは答えた。

 

人類の本質は、愛や平和、寛容や協調だけじゃない。戦争や殺戮、暴動や反乱、虐待や差別、貧困や飢餓、災害や疫病、犯罪や事故、対立や憎悪、不貞や不孝も人類の本質だ。否応なくそれらと向き合い、苦しみの中で生き、いくらか成熟して死んでいく者もあれば、まるで成熟せずに無念に死んでいく者もある。それが人の生(しょう)というものなのだよ。

 

1960年代まではね、日本社会もまだいくらか生の苦しみに向き合っていたと思う。80年代からかな、生の苦しみや、社会の中の対立や軋轢をあいまいにしてごまかす動きが強くなってきて、なんでもオブラートに包んで、はっきりとは見えないようにしてやるようになった。人々もそれを望んだのかもしれないけど、政治や行政がそれを主導して、電通やマスコミがエージェントとしてプロパガンダに努めたんだ。そのごまかしの副産物が芸能界やスポーツ界の異常な肥大化であり、ジャニーズの跋扈であり、お笑い芸人の洪水というわけだ。LGBTやパラリンピックの持ち上げ方も異常だった。芸能人も、お笑い芸人も、スポーツ選手も、この世をば我が世とぞばかり、やりたい放題だった。

 

しかし、もうそろそろオブラートが剥がれるときじゃないかな。日本の社会も生の苦しみと向き合うときが来る。笑ってごまかそうとしても避けられない。泣き叫んでも許されない。悲惨なことや残虐なことが目の前で次々に起きる。今の日本人には耐えられない。恐ろしい現実がやって来る気がする、と言ってKの電話は切れた。