コラム
探し屋のひとりごと
2023年12月20日
森崎和江さんが亡くなっていたことを、本屋に平積みされていた本の奥付を読んで知った。僕が人を探して、福岡県の中間市というところに森崎さんを訪ねて行ってから50年近くが経つ。そのころ一緒にニーチェの読書会をやっていたFさんに旅費を借りて中間市までたどり着いたのが1975年の春だった。Fさんはゴミ収集車の運転手をして貯めた金を僕に貸してくれた。
森崎さんは、そのとき僕より25歳上の47歳で、母親より二つ下だった。森崎さんの自室で話をしていたら日が暮れたので、近くの飲み屋に行ってカウンターに並んで座り、一緒に焼酎を何杯か飲んだ。僕が谷川雁に会いたいが、会ってくれるだろうかというと、笑って大丈夫ですよと言った。僕は酔っぱらって饒舌になり、森崎さんの横顔の印象が母親に似ていたので、そんなことも言った気がする。森崎さんは、炭鉱が残っていれば僕を働かせるんだがといい、僕も炭鉱があれば働くんですがと答えた。他にどんな話をしたのか、覚えていないが、夜中に、僕が寝泊まりしていた炭鉱住宅に様子を見に来てくれた。
ところで、漫画本で床が抜けそうだという人から、『薬屋のひとりごと』という漫画が面白いと聞いて、本屋に行ってみたら幾重にも平積みされていた。薬屋は、中国の昔の王宮を舞台にしたミステリー仕立てで、高位の宦官に目をかけられた少女が反発しながらも期待に応える話なのだが、この手の設定に、なぜか人はハマるようにできている。その昔ハマったのは、オランダ人外交官のロバート・ファン・ヒューリックが書いた唐時代の中国を舞台にしたミステリーで、中国四大悪女の一人である則天武后に気に入られた狄仁傑が反発しながらも次々に難事件に挑んでいく『D判事シリーズ』。
黄色い本のハヤカワポケットミステリー全16冊は、今は手元に一冊も残っていないが、あちこちの書店を探し回って全部を読了した。その頃はアマゾンはなく、ありそうな書店の棚の目星をつけて探しに行くのだが、その探索が今から思えば至福のときだったのだなあ。